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隣の三毛  エピソード1

エピソードその1:亜希子、生活保護者になる。

【突然の電話】

まだお盆を過ぎたばっかりというのに、彼女から突然の電話。「もしもし、ぽんた、あたし」「いったいどこにいるんですか、娘さんが探してますよ」

というのも、夫婦喧嘩の末、亜希子が家出をしてからすでに10日が経っていたからだ。聞けば生活保護の申請に市役所の市民課に来ているという。すぐに迎えに行くからと、とりもなおさず車でぶっ飛ばしていくと、バス停にひとり佇む、いかにも意気消沈したような彼女が待っていた。10日前、もしかしたら、と思った娘さんが、必死であちこち電話をかけまくった挙げ句、この店にも電話を掛けて来ていたのだ。

 自宅に連れ帰ってすこし落ち着いた彼女はぽつぽつと話し始めた。彼女によるとこうだ。行くところもなくて、30年来音信不通だった兄の家に、着のみ着のまま飛び込んだのだが、彼女の結婚生活は順調で幸福だと信じている兄夫婦に、理由を聞かれても話すことができなかった。

何日も居続ける彼女に、心配した兄から、とにかく一度帰れと促される毎日、このまま帰ったらもう二度と家を出ることもできず、死ぬよりほかはない、と涙ながらに訴えるのだった。

 彼女は重い病気だった。数年前から突然背骨が湾曲し始め、まるで「オペラ座の怪人」のようだった。しかも生まれつき腎臓がひとつしかなく、しょっちゅう熱を出し泌尿器科とは縁が切れなかったのだ。

夫がいうには、「騙されて結婚した」と。しかし、今更、である。なぜなら、結婚生活はすでに40年を越し、ふたりの子供は立派に成長したのだ。だがこの間、彼女はつぎつぎに不幸に見舞われた。そして、老齢に差し掛かった今、一大決心をしたのだった。今、出て行かなければ、私は生きてこの家を出られないかもしれない。死の恐怖と不安が彼女を襲った。                                             つづく